西Ⅱ(青い時)

 なんてタイトルの本があった。
 闇が降りてくる一瞬前の空。土曜、人待ちのあいだに気がついた。

 この蒼さの遠くには海がある。鋭い三日月の下、鈍色の魚が泳ぐ海がある。味気ない新興住宅地にも、深く、夢幻に沈むときが訪れる。

 まもなく人が来た。すっかり濃さを増した宵闇のなか、あたりさわりのないあいさつを交わした。車に乗ったあと、フロントガラス越しに空を見あげ、「ほら、あの雲の横に魚が……」と口ばしってみた。その人はあきらかに怯んだ表情で、運転席に座る僕をうかがった。

「いや、今夜はうまい刺身が食べたいなあ、と思って」
「……そうですか、いきなり魚が出てきて驚きました」
 僕はゆるゆると車を進めた。宙を泳ぐ魚群を求め、徐々に西へとアクセルを踏み込んでいった。

 のんきに助手席で携帯の着信メールをたしかめる道連れに、真実をいつ切りだせばいいんだろう。‘あなたはここに帰れない、僕とともにあの蒼さの底に没する定めにある’と。


画像

(設楽町名倉, Okaya LordⅡA, Highcor C 4cm F3.5)

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この記事へのコメント

2012年10月08日 14:26
こんにちは、’蒼い時’は山口百恵さんでしたよね。本では’限りなく透明に近いブルー’を連想してしまいます。写真家のタクマ クニヒロさんは、Blueをテーマにされていますね。こちらも連想してしまいました。
2012年10月08日 18:52
百恵さん全盛期の頃、自分はまだ坊主頭の小僧でした。
それでも、この世の人じゃないくらいきれいになっていくなあと、
マセたことを思いでブラウン管の中の彼女を眺めたものです。
゚海を感じる時’で電車とバスを乗り継ぎ伊良湖に行って、'限りなく透明に近いブルー’でドアーズを聴き始めました。ロビー・クリガーみたいに弾きたくて、当時流行っていたフォークギターを飛び越してエレキギターを持ちました。それからほどなくして、澁澤龍彦訳のサド作品の洗礼を受けました。ホントに屈折した十代後半でした。
タクマ クニヒロさんは、コマーシャリズムと自分の世界を両立している点すごいですね。

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